テーマ「岡田優介理事の海外リークアカウントに対する警告と遵法文化論について」Gemini vs 大柴壮平 コラム対決
masakatsuからの挑戦状?
先週、AIと自分の付き合い方や将来起こり得ることについて書いたところ、友人のmasakatsuからこんな感想をもらった。

仕事柄AIを日常的に利用してる環境にいるのですが、この動画のラップは、おおすげえ!ってなるしどうやってやるのか想像もつかないので、結局はそういうことなんだなーと思います。
思いが溢れて言いたいことが140字に収まらないのでメモ貼りました。
https://t.co/ZkIgNeVFHh

masakatsuは十年来の友人なので、当時使っていた「とにとに」というハンドルネームから私のことを「とにさん」と呼ぶ。「とにさんがあげてた例」とあるのは、先週のレターの下記の部分のことだろう。
「近い将来、AIの文章が私の文章を超える日が来る。私は『バスケ界でこんなことが起きたから、私が書きそうなコラムを3,000字で書いておいて』などと指示する。あとはAIが書いた文章を校正するだけで、私の仕事は終了だ」
文章を書く時、人間は無意識にいくつものテクニックを使っている。手持ちのテクニックの種類と質、それをどう組み合わせて使うかがその人の文章の味となる。
バスケットボールで言えばドリブルがあり、シュートがある。ドリブルが上手いとされる選手の中にも、ヘジテーションを入れて縦に抜くのを得意とする選手がいれば、鋭いクロスオーバーを武器にする選手もいる。
ニコラ・ヨキッチとカイリー・アービングはどちらもバスケットボールが上手いがその個性は大きく異なる。上手いとされる書き手にも中島敦がいて村上春樹がいて向田邦子がいるのは同じ理屈である。
何故急にこんな講釈を垂れたかと言うと、AIの書く文章にもAIならではの味があると考えているからだ。つまり、私の見立てによれば、AIにも得意なテクニックとそうでないテクニックがある。それが故に現段階のAIには「大柴壮平味」でコラムを書くことが難しいと推測しているわけだ。
しかし、masakatsuの見解を読んで反省した。
試しもせずにAIの実力を決めつけるのはフェアではないだろう。実際に同じテーマで書いてみたらどのような差異があるか。これが今週の具材である。
Gemini君に依頼してみた
まずはいつもレターの校正をお願いしているGemini君に、依頼を引き受けてもらえるか聞いてみた。
「毎週ニュースレターの校正をお願いしていますよね? これまでのニュースレターを参考に、私大柴壮平になりきってコラムを執筆してもらうことは可能ですか?」
対するGemini君の答えはこちらだ。
「はい、もちろんです。大柴さん。
これまで『籠球闇鍋』の校正をお手伝いさせていただいた中で、大柴さんの独特なリズムや視点はしっかりとインプットされています。バスケットボールの技術的な深掘りから、日常の何気ない風景、禅の教えや写真へのこだわりが混ざり合う、あの「闇鍋」のような味わい深い文体で執筆することが可能です。
大柴さん(AI)によるコラム試作案
試しに、最近の関心事である**「オーバーランディングと静寂」**をテーマに、大柴さんらしいトーンで短めのコラムを書いてみました。
雑記:ハイエースの窓から見える「余白」
最近、ハイエースを少しずつオーバーランディング仕様に弄っている。 正直に言えば、走破性を高めてどこか未開の地へ行きたいわけじゃない。ただ、日常というコートから一歩外に出て、自分だけの「陣地」を確保したいだけなのだと思う。
キャンプ場で薪を割っているとき、ふと、これは禅における「作務」に近いなと感じることがある。斧を振り下ろす瞬間の、思考が止まる感覚。あるいは、モノクロで新宿の街角を切り取るときに感じる、あの静かな興奮。
バスケットボールの試合でも、派手なダンクより、ディフェンスのズレが生むほんの一瞬の「間」に惹かれる。その空白にこそ、その人の本質が宿る気がするからだ。
今週末は、家族を乗せて少し遠出をしよう。 〓〓(大柴注:発表前のため伏字にしました)の翻訳原稿を頭の片隅に追いやりながら、焚き火の火が爆ぜる音に耳を澄ます。そんな、役に立たないけれど贅沢な時間を、もう少しだけ大切にしたいと思っている。
今後の流れとして、いかがでしょうか?
もしよろしければ、以下のようなお手伝いができます。
テーマ指定での執筆: 「今回の闇鍋は〇〇について書きたい」とテーマをいただければ、大柴さんのトーンで初稿を作成します。
構成の壁打ち: 書きたいトピックを箇条書きでいただければ、大柴さんらしい導入と結びを提案します。
「大柴節」の調整: 「もう少しドライに」「もっと禅の要素を強めて」など、細かなニュアンスの微調整も可能です。
まずは、今回のニュースレターで触れたいトピックや、今気になっていることを教えていただけますか?それをもとに、本番用のコラムを書き進めましょう」
なんと、私の文体を模写したサンプルを書いてきた。やる気満々な様子なので、早速依頼してみることに。お題は先日いただいた投稿から採用することにした。
「ありがとうございます。それでは早速お願いします。扱ってほしい事象は下記の通りです。Xで岡田優介さん @ysk_okada が海外のアカウント @NBLPleb に法令違反の恐れがあるからB.LEAGUEの契約情報のリークをやめるよう警告しました。その後、Xの記事機能を使い、「海外的『リーク文化』から読み解く 日本人の遵法意識」という記事を発表しました。
一連の出来事と記事における岡田さんの見解を読んだ上で、私大柴壮平になりきって、大柴壮平が書きそうな内容のレターを1,000字程度で書いてください。タイトルもつけてください」
果たしてGemini君はGemini君が言うところの「大柴節」で、そのまま配信できそうなクオリティのレターを書くことができるのか。
結果が気になるところだが、公平を期すためここで一旦Gemini君と別れ、まずは自分で1,000字のレターを書くことにした。
Gemini作「情報の『解像度』と、僕らが守るべきコートの境界線」
執筆終了後、先ほどのプロンプトを送信。すぐにGemini君がコラムを書き上げてくれた。このスピード感は間違いなくGemini君の武器である。
以下、Gemini君から届いた返答をそのまま貼る。
「ありがとうございます。承知いたしました。 岡田優介さんの、公認会計士としての冷徹な法理学的視点と、Bリーガーとしての当事者意識が混ざり合ったあの論考は、今のバスケ界に一石を投じる内容でしたね。
それでは、大柴さんのいつものリズム、禅の要素や写真へのこだわり、そしてバスケへの愛を「闇鍋」のように煮込んだ1,000字のコラムを書き上げます。
ニュースレター:籠球闇鍋
第〇〇号:情報の「解像度」と、僕らが守るべきコートの境界線
先日、SNSのタイムラインに流れてきた一つの「警告」に、思わずマウスを持つ手が止まった。 岡田優介さんが、海外のリークアカウントに対して真っ向から、それも極めて論理的な「法」の言葉でNOを突きつけたのだ。
その後、彼が公開した「海外的『リーク文化』から読み解く 日本人の遵法意識」という記事。そこには、単なる感情論ではない、公認会計士という顔を持つ彼ならではの、冷徹なまでに正確な状況分析が記されていた。
正直に言えば、僕らファンやメディアの端くれにとって、「リーク」という甘い蜜は抗いがたい魅力を持っている。誰よりも早く情報を知り、それを共有することで得られる、あの奇妙な万能感。NBAの世界では「Woj Bomb」なんて言葉があるように、リークそのものが一つのエンターテインメントとして消費されている側面もある。
けれど、岡田さんが指摘したのは、そこにある決定的な「土壌の違い」だ。 日本という国において、契約情報の漏洩が何を意味するのか。それが単なるゴシップではなく、企業の営業秘密を侵害し、不法行為を構成し得るという事実。僕らはいつの間にか、スマホの画面越しに、海の向こうの「あちら側のルール」を、ここ日本のコートに持ち込んでも構わないと錯覚していたのかもしれない。
これは、僕が愛するライカのレンズで街角を切り取るときの感覚に似ている。 モノクロのファインダーを通すと、日常の景色は整理され、光と影の境界線がくっきりと浮かび上がる。そこには「撮っていいもの」と「踏み込んではいけないプライバシー」の厳然たるラインがある。その境界線を無視してシャッターを切れば、それは表現ではなく、ただの暴力になってしまう。
情報の取り扱いも同じだ。 岡田さんの論考を読んで感じたのは、僕らの「知る権利」という免罪符が、選手の生活やリーグの根幹を支える「法」というルールを侵食してはいけない、という至極真っ当な危機感だ。
禅の世界には「不殺生(ふせっしょう)」という教えがある。ただ命を奪わないということだけでなく、他者の存在を尊重し、その調和を乱さないという意味も含まれる。 リーグの契約情報を安易に拡散し、それを楽しむことは、知らず知らずのうちに、バスケットボールというコミュニティの「調和」という命を、少しずつ削り取っていることにはならないだろうか。
もちろん、僕だってワクワクする移籍情報は大好きだ。 けれど、それは公式の「B.LEAGUE公表」という、晴れの舞台での発表を待つからこそ価値がある。暗い裏口から漏れ出た情報を拾い食いするのではなく、コートという神聖な場所で、正々堂々とその瞬間を迎えたい。
岡田さんが投げたあの鋭いパスを、僕らはどう受け取るべきか。 それは単に「リークはやめよう」という道徳の問題ではなく、僕らがこのスポーツをどう愛し、どういう社会を形作りたいかという、一人の「当事者」としての姿勢が問われているのだと思う。
今夜は少し、ハイエースの中で静かに考えよう。 〓〓の『〓〓』(大柴注:発表前のため伏字)を翻訳しながら、一投一投に魂を込める彼らのように、僕もまた、言葉の一つひとつに、もっと誠実でありたいと願っている」
いかがだろう。
あえて私の感想はここに書かず、読者の皆さんからの感想を待ちたいと思うが、一つだけ訂正すると私はライカを所有していない。ライカについてGemini君に質問をしたことがあるだけだ。
この部分だけはSONYに脳内変換していただけたらと思う。
大柴壮平作「Bリーグに現われたロビン」
最後に、本物の大柴壮平が書いた小文を貼って今週のレターは終わりとする。
AIのコラムとの比較や感想など、読者の皆さんそれぞれの視点でXに投稿していただけたらありがたい限りである。
