私は二流のファンでいい
ファンとは狂である
ファンが狂信的な、とか熱狂的なという意のファナティックをつづめた言葉であるということをご存知の読者も多いだろう。
どう訳しても狂の字がついているのは偶然ではない。
殊バスケットボールには人を狂わせる何かがある。
ファンが試合結果どころかワンプレーごとに喜怒哀楽を露わにする様子は、部外者からすれば滑稽に見えるはずだ。
大の大人がたかだか球入れになんでそこまで入れ込んでいるのだか。
ところが、そんな冷笑などファンにとってはどこ吹く風だ。
むしろこの面白さを知らないで一生を終えるなんて寂しい奴だと部外者を憐れむ者すらあるかも知れない。
実際、一度応援する面白さを覚えたら中々やめられないものだ。現地なりライブ配信なりで逆転勝利でも目撃しようものなら次の試合が待ち切れない気持ちになるだろう。
ファンは狂っているが故にしばしば行き過ぎることがある。
先日行われた西のカンファレンスセミファイナル、OKCサンダー対サンアントニオ・スパーズでもその傾向が見られた。
折角数年に一度の名シリーズになったにもかかわらず、バスケットボールの内容よりも相手へのヘイトやジャッジへの不満に囚われてしまったファンのポストがかなりの数散見された。
真のファンならもっとバスケットボールについて議論するべきだ……などと、私は高説を振りかざしたいわけではない。
ファンには狂ったところがあってしかるべきだし、その方が盛り上がりもすると思っている。
しかし、少し行き過ぎるのと、度を越すのとではやはり違う。
実は数年前、両チームが、そして両チームのファンが度を越してしまったシリーズを、私はいちファンとして経験している。
2022年、壊れたシリーズ
あれは2022年のことだった。
56勝を挙げてウエストの2位でシーズンを終えたメンフィス・グリズリーズはファースト・ラウンドでミネソタ・ティンバーウルブズを破り、カンファレンスセミでゴールデンステート・ウォリアーズと相対することになった。
このシリーズは荒れに荒れた。
引き金を引いたのはドレイモンド・グリーンだった。
ゲーム1の前半残り1分18秒、グリーンはシュートに跳んでいる最中のブランドン・クラークの胸ぐらを掴んで床に叩きつけ、一発退場となった。
このプレーがシリーズのトーンを決めたと言っても過言ではないだろう。
ゲーム2ではディロン・ブルックスが無謀な位置からチェイスダウンブロックを試みてギャリー・ペイトン2世に左肘骨折の重傷を負わせた。
同じ試合でルーズボール争い中にゼイビア・ティルマンの肘を顔面に食らったドレイモンドは、ロッカールームに引き下がる際にアウェイの客席に中指を立て、後にリーグから罰金を科された。
試合後の記者会見ではスティーブ・カーHCが「ディロン・ブルックスは一線を超えた」と争いを助長する発言をした。
さらにゲーム3ではジャ・モラントにダブルチームを仕掛けていたジョーダン・プールがモラントの膝を掴んで引っ張り、モラントは膝を痛めて残りのシリーズを欠場することになった。
なお、ビデオでは故意かどうかがわからないということで、グリズリーズの抗議は却下され、プールは無罪放免の判決を受けている。
両チームから怪我人が出たことで、このシリーズのトーンは変わった。
ゲーム4以降、選手たちには激しく戦うことへの躊躇が見えるようになり、まるでシーズンの試合を観ているようなインテンシティの低い試合が続いた。
ウォリアーズがモラント不在のグリズリーズを退けたが、その結果よりも荒れに荒れたシリーズ前半と凡庸な戦いとなったシリーズ後半の落差が強く記憶に残っている。
シリーズの展開と同じぐらい印象的だったのがファンの反応だった。
お互いのファンが相手のラフプレーを非難し、自チームのそれを擁護した。
しかし、前述の通りの展開だ。両チームとも度を越えていた。しまいにはシリーズが壊れてしまうほどだった。
私は途中から相手への非難と自チームの擁護に疲れてしまった。
大一番で最終的に塩試合を見せられたのだ。両チームともプロフェッショナルではないように私には思えた。
しかし、Xのタイムラインはしばらくの間いがみ合うファンの声で溢れていた。