上海ファイナル取材記(後編)
2026/09/06
昔は行き帰りの飛行機から飲んでいた。当然のように夜は毎晩飲んでいた。年を食ってその習慣がなくなったので、海外でも調子がいい。23時半から8時まで快眠する。
前日の朝食が重すぎたので軽食を探す。上海では定番だという揚げパンと豆乳のセットを購入。アリペイでちゃんと支払われたかを全く確認しないおばちゃん。結構そういう人がいるのが不思議だ。
浸して食べるのが上海流らしい。甘すぎず優しい味に癒される。
上海は都会過ぎてベタなお土産屋を見かけない。スーパーで小分けのお菓子でも買おうかと思ったが、そのスーパーも見ない。
不審に思ってAIに聞くと、スーパーは基本的にショッピングモールの地下にあるらしい。
改めて決勝トーナメントの組み合わせを確認すると、ネフチはクォーターファイナルでウランバートル、セミファイナルでフランスとやるようだ。苦手なオランダとはファイナルまで当たらない。
チャンスではあるが、8:48に「おはようー 頭痛どうよ?」と送ったきり、桂の既読がつかない。私としては桂が無理しないことを祈るのみだ。
団地が集まっているエリアを抜けて龍華寺へ。団地の周りも再開発が進んでいる。
龍華寺はめちゃくちゃ観光客で賑わっているが、日本と比べると外国人観光客が少ない。
中国人観光客は世界中で評判が悪いと聞く。日本でもマナーの悪い中国人観光客の動画がよくバズる。中国人が外弁慶なのか、それとも海外旅行をするような金持ちのマナーが悪いのか私にはわからない。現地では全く嫌な思いをしないから、何か理由があるのだろう。その風評が邪魔して海外から観光客が来ないのだとしたら、ちょっともったいないなと思うぐらい恙なく過ごせる。
龍華寺では心の中で住所、名前、願い事を唱えながら塔の周りを3周するしきたりがあるそうだ。
最初はプロジェクトの成功を祈ったが、利己的な願いなど叶った試しがないので「家族を無事に養っていけるようご加護をお願いします」に変更して3周し直す。
境内にはすごい数の仏像が並んでいて、どれもかなり大きい。
座布団が敷いてあり、まるでイスラム教徒のようにひれ伏して拝めるようになっている。
土産コーナーに入ると中国人が数珠に殺到しているが、私は小型の仏像に惹かれる。しかし全て陶器だったので諦める。
龍華寺のあとは龍華会という近くのモールに寄る。
バックパックの旅は楽でいいと思っていたが左肩が痛くなり、締め付けを緩める。バックパッカーの背負うどでかいバックパックに憧れを持っていたが、これ以上の大荷物を背負って移動するのは厳しいと悟る。
モールでは文房具屋を発見。中国語表記の入ったパン泥棒のドットテープのりを息子たちのお土産に購入する。
この旅では中国のトイレの清潔さに驚かされてきたが、龍華会ではついに便座クリーナーまで発見。
昼に適当に入った店が火鍋の食べ放題でプチ散財する。店員の青年は優しく、翻訳アプリで丁寧に会話してくれる。
想定外に高くついたが、頭を切り替えて大量の野菜を摂取する。
スープは2種類選べたので普通の火鍋ときのこに。
高いと思ったら青島ビールが飲み放題、ハーゲンダッツも食べ放題らしい。どちらも要らないので苦笑する。
肉も頼んでしまったが、海鮮と野菜だけで良かったと後悔。最後に鮑を食べて終える。
青年が頼んでもいないのにミニマンゴーかき氷を持ってきてくれる。
オーダーはWeChat、支払いはアリペイというのは初のパターンだ。
佐藤二朗似の店長らしき人からやはり翻訳アプリで、
“hello handsome, are you satisfied with our food?”
と聞かれたので大袈裟に美味かったと伝える。
火鍋の汁がとんでシャツが汚れたので、リーニンでウェイドシャツを買う。
どこから来たか聞かれたのでジャパンと答えたら接客してくれていたピンク髪のおばちゃんが急に真顔になる。
例の政治的なアレかと身構えていると、真剣な顔で打ち込んだ翻訳アプリには「コートとかも6割引だよ、他のものも見てかない?」と書かれている。
鴨ネギの方のジャパンかよ。おばちゃん、ビビらせないでよ。
モールから歩いて龍美術館へ。
上海ではちょいちょいバスケットコートを見かけたが、この道すがらにも発見。
龍美術館は石炭埠頭跡地に建てられていて、当時の構造が活かされている。Wallace Chanというアーティストの作品が展示中で、チタンのどでかい作品群から放たれるエネルギーを浴びる。
美術館から川沿いに歩き、会場に向かう途中で桂から欠場を決めたテキストをもらう。仕事は飛んだが桂のこれからを考えれば無理するより余程いい。
初戦はスタンドでコーチたちと観戦する桂を撮ることに。
「辛かっただろうけど、英断だよ」
「やめてください、すでに泣きそうなんで」
と言う桂の目から涙がこぼれるのを見て、余計なことは言わないよう心に決める。
クォーターファイナルの相手はウランバートル。なかなかの強敵だが、ブリーのところは明確にアドバンテージがある。
両チームのコーチ陣がスタンドの同じエリアから声を出しているのが面白い。
ネフチのファウルが先行するが、「あとふたつファウルを使えるぞ」と叫ぶラシャ。
「右には行かせるな」などスカウティング情報も。
決められても「いいディフェンスだ」と褒める時もあればわかりやすくがっくり肩を落とす時もある。
試合のクロージングには定番の「2ポイントとファウルだけ気をつけろ」が連呼される。
エリカのゲームウィナーで勝利。
そのままオランダ対北京を観戦する。
北京への声援は昨日より大きく、選手たちはよくそれに応えているが、オランダがめちゃくちゃ強い。
全員なんでもできるが、どちらかと言えば白人ふたりがハンドラー、ライトスキンと黒人がロールと、役割が分担されている。
ロールプレーヤーのふたりも嫌なところで点をとる。
北京も粘るが、終始ペースを握ったオランダが勝利。
トイレに行く途中、ストレッチ中のネフチのそばを通る。
桂は床に座って頭をおさえている。まだ頭痛があるようだ。
ネフチはセミファイナルでフランスと対戦。
開始9秒でブリーが捻挫するも、テーピングして出場を続ける。
すでに桂がいないことに加えブリーが怪我をしたことで、会場の声援はネフチに傾く。判官びいきは中国にも存在するようだ。
善戦むなしくフランスに敗れる。
昨日倒した相手だけに、桂とブリーが健康ならという悔しさは残る。
選手たちも落ち込み、しばらく無言。
ラシャが寄ってきて桂に話しかける。
私はラシャのヨーロッパなまりの英語がよく聞き取れないのだが、「葵はまだフランスに負けてないからな。葵がいればな」と言ったらしい。
そう言えば桂は日本代表としてもフランスを破っている。
桂の来シーズンは未定で、昨季のように代表で戦うことも考えられるし、今季のように海外で戦うこともできる。
いずれにせよ桂は上海に忘れ物を取りにくる決意を固めているだろうと察する。
私は自分から話にいくことは遠慮していたが、しばらくすると桂が起き上がって私のところに来た。
「多分今日の葵ちゃんみたいなシチュエーションで強行出場して、症状が悪化することが多いんだと思うんだよね」
「いろいろな人の話を聞いたんですけど、脳震盪ってわかり辛いから、症状がある以上そうじゃないとは言い切れないらしくて。でも、頭痛が無かったらプレーしていたと思うので、ある意味頭痛のおかげです」
無理して笑顔を作る桂からたくましさを感じる。
その後チームワークの不安、桂がチームに対してポジティブな影響を与えられるよう何をしたか、そしてエリカとの友情などについて話を聞く。
桂がぽろりと言う。
「大柴さんが来てくれて良かった。私こういうのを伝えるのが下手だから」
プロジェクトには桂の今季の活動も含まれる。私はこの夏かなりの頻度で桂から話を聞いてきたので、欠場の決断がどれだけ辛かったか、わかっているつもりだ。
そのあらましをきちんと伝えたいが、そのためにはプロジェクトを形にするしかない。やっぱり龍華寺でのお願いはプロジェクトの成功にしておけばよかった。
会場にてネフチと別れる。
エリカから「来年も会うことになるかな」と言われたので、「まあ桂がネフチでプレーするならね」と素直に答え、苦笑される。社交辞令で返すべきだったかもしれない。
大会の方は私が大本命だと思っていたオランダがラピッド・ブカレストに敗戦。そのブカレストを倒したフランスが優勝して幕を閉じた。
ネフチも優勝するチャンスはあったんだな、と改めて感じる。
桂が健康ならネフチの打ち上げに混ざるつもりだったが、昨日の段階でそれは無いと察したので、アマにプロジェクト用に話を聞きたいと打診していた。そのアマが観光から帰ってきたので選手たちの泊まる高級ホテルで落ち合う。
街をぶらついたが店が閉まっていたのでホテルのロビーに戻り話を聞く。
ロビーではビールを売っていたが、アマは明日にはドイツに帰り、金曜にはユーロカップを戦うそうで、酒は飲まないという。
ひとりで飲むわけにもいかないので、私も炭酸水を飲みながらアマの話を聞く。
成人して初めて酒を一滴も飲まないで海外旅行を終えるかもしれないな、などと考えていたところで、視察に来ていたフローリッシュ群馬の花野さんに会う。花野さんに紹介され、ウィメンズシリーズでDJをしていたDJユウさん、そして素性を明かしていいかよくわからないジェームズと会う。
ジェームズは”TrashTalkingTheory”のリスナーで、過去にダブドリを買ってくれたこともあると言う。ちなみに愛称はジェームズだが、思いっきり日本人だ。
「今からFIBAの人たちとパーティーだから良かったら一緒に来ませんか」
花野さんに声をかけてもらったが、私が遠慮していると、
「ここで会ったらもう友達ですよ、行きましょう!」
とDJユウさんからも言ってもらい、ほぼ初めましての面子に混じり飲みに行くことに。
パーティーと言われ、最初は居酒屋みたいなことを想像していたが、タクシーに30分以上乗り、上海版の六本木のようなところへ到着する。