What is NINJA BASKETBALL ARMY?

おはようございます。今週の闇鍋をお送りします。具材は最近話題のNINJA BASKETBALL ARMY。ファウンダーのmicさんに話を聞いてきました。紹介記事っぽくないテイストにするよう心掛けてみたのですが、いかがでしょうか? ご意見ご感想はXのタグ付きポストでお待ちしています。それでは皆さん、よい週末を!
大柴壮平 2026.11.07
誰でも

案内状に記載された住所にあったのは、いわゆる古民家だった。

私は職掌柄、アウェイと感じる場所を訪れることが多いが、ここはアウェイというより異世界という趣である。お洒落で知られる代官山の中にあっては、完全に浮いている。

恐る恐る中へ足を踏み入れると、NINJA BASKETBALL ARMYのアパレルが目に飛び込んできた。

と、言っても私はNINJA BASKETBALL ARMYについて何もわかっていなかったので、おそらくそうだろうと目星をつけただけだった。

庭にはアート風の書、奥の和室には掛け軸が飾られている。

よく見ると、会場には知った顔が幾人もいることに気付いた。NBA JAPANの面々や、AKTRの新田社長、ニコラス武と立ち話をしていると、遅れてMQもやってきた。

私はNINJA BASKETBALL ARMYのファウンダーであるmicから招待を受けてこのレセプションにやってきた。

私がmicと会うのは2度めだ。

最初はダブドリの取材だった。彼が所属する大阪籠球会がNBAでパフォーマンスをするというので、渡米前に話を聞かせてもらった。

その日話を聞いた籠球会のメンバーは6人いたが、micの存在は印象に残っていた。

というのも、ストリート叩き上げのパフォーマンス集団という雰囲気の籠球会にあって、micはひとり明らかにインテリだったからだ。

慶應義塾大学出身で大手広告代理店勤務。笑顔は爽やかで弁も立つ。そのくせ頭はブレイズで、ストリート・カルチャー愛のアピールは強めだった。

大阪籠球会のインタビューは『ダブドリ vol.2』だから、あれから8年が経っている。8年ぶりのコンタクトが、このレセプションの招待だった。率直に言って、関係性だけで言えばスキップしても良かったのだが、なぜ足を運んだかと問われれば、ファウンダーがmicだったからとしか言いようがなかった。

あの一際異彩を放っていた男が、何か新しいことを始める。私の興味を引いたのはその一点だった。

とは言え、この日私がmicと話せたのは5分程度に過ぎなかった。micはレセプションの主役であり、私が長々と拘束するわけにはいかなかったからだ。micのブレイズと爽やかな笑顔が変わっていないことに私はホッとするような懐かしさを覚えた。

新しいことをやるという高揚感と生みの苦しみを同時に味わっていたダブドリ初期は、今でも私の中で特別で、そのインタビュイーもやはり特別な存在と言って良かった。

micの話は相変わらず立て板に水といった感じだったが、NINJA BASKETBALL ARMYの全容を知るにはいかんせん時間が足りなかった。私は、

「今度またゆっくり話を聞かせてください」

と言ってレセプションを辞した。

決して社交辞令のつもりで言ったわけではなかった。

どうやらただのアパレルではない。短い立ち話の中でも、それが十分に伝わってきたのだ。

micから話を聞く機会を得たのは、それから4カ月後のことだった。

聞けばフルローンチを終えてようやく一息ついたところだという。

実物を見ながら話が聞けるというので、私はオフィスにお邪魔させてもらうことにした。

「わざわざありがとうございます」

オフィスに着くと、シグネチャーの笑顔をたたえながらmicが出迎えてくれた。右手を差し出されたのでその手を握ると、micは左手で自分の右手を握った。これもmicのシグネチャーだ。

私がその独特な握手の文化的な背景を聞くと、「元ネタは不明です。おそらくダンス界隈とか、いろんなジャンルの先輩らを見てきて、混ざった結果だと思います」とのことだったので、気になってGemini君に聞いたところ、起源は武器を隠し持っていないことを示すアフリカの礼儀作法で、それがアフリカン・アメリカンのコミュニティに引き継がれてヒップホップ・カルチャーに取り入れられたらしい。

ブレイズのような表に見える部分だけでなく、内面にもヒップホップが息づいている様子だが、それもそのはずで、micは大学時代に1年間休学し、ニューヨークのブロンクスでフリースタイル・ボーラーとしてひたすら路上パフォーマンスに明け暮れたという。

「籠球会でNBAに行ったときは、向こうとのメールのやり取りとかを全部僕がやりました。ストリートで覚えたぐちゃぐちゃな英語なんですけどね」

micはこともなげに話すが、私は内心感嘆していた。

バイタリティに富んでいる。ベタな表現をすればそういうことになるだろう。

高校時代にフリースタイル・バスケットボールに出会ったmicは、大学でサークルを設立。自身もパフォーマーとして活動する傍ら、集団パフォーマンスのプロデュースも行った。

その後前述のブロンクス修行を経て大学卒業後に大手広告代理店に採用されるが、「できるだけいろんなことを自由にやれる部署に行きたい」と希望した結果、異例の配属で大阪勤務に。私が知り合ったのはこの頃のことになる。

3年後に東京に配置換えになったが、このときに自分はクライアントワークに不向きと悟る。大阪での経験やNBAでのパフォーマンスから、「自分の好きなカルチャーに対して裏方をやったり、たまに表出るぐらいの働き方がしたい」と会社を作り独立。

HYTEKと名乗るその会社は「日本にあるアートとかエンタメとかカルチャーとか。バスケもそうですけど、そういったものに対してちゃんと海外に伝わる形のものを作って発信していくみたいな会社」だそうだ。

一例を挙げると、数年前にブリテンズ・ゴット・タレントにとにかく明るい安村が挑戦して話題になったが、その裏方を仕切ったのがHYTEKだったという。

「あれに関してはうちというか安村さんがすごすぎたんですけど、凱旋した後にどうやって新しいニュースを作っていくかとか、楽曲づくりしたりとか、数ヶ月後にイギリスでコメディ・フェスがあるのを知って一緒に弾丸で行って向こうでショーをやったりとかしましたね。僕も安村さんの横で踊りました」

言われてみれば当然だが、いくら安村があの芸風でも文字通り裸一貫で海を渡ったわけではなく、優秀な裏方がいてのあの成功だったわけだ。

micはバイタリティがあるだけではなかった。大学、大阪籠球会、HYTEKと、それぞれのステージでビジョンを掲げ、それを実現してきた。

「血反吐を吐いてここまできました」

と言うmicだが、例の笑顔なのであまり現実味は感じられなかった。実際はそれ相応の苦労があったのだろうが、爽やかさもときに不利に働くことがあるようだ。

mic。HYTEKのオフィスにて。

mic。HYTEKのオフィスにて。

NINJAとNBAという異色の組み合わせを実現したNINJA BASKETBALL ARMYは、micのストリート・カルチャーへの愛情と海外へ発信するスキルを掛け算して生まれたように見える。

しかし、実はこのプロジェクトの起源は、HYTEKを起業する前の会社員時代に遡るという。

当時大阪籠球会のNBA進出に手ごたえを感じたmicは、次の目標を東京オリンピックに定めていた。

「東京オリンピックの前に『もし忍者がバスケットボールで戦っていたら』っていうコンセプトチームを作っていたんです。NINJA SKILL BALLERZという名前でZiNEZ、BUG!?、Whiteaっていう日本のトップランカーたちを集めて活動したら結構注目を集めて、ナイキとのコラボだったり大きな仕事ももらえるようになったんですね。東京オリンピックに自分が育ったフリースタイルのパフォーマンスを入れたいっていう気持ちが強くて、NINJA SKILL BALLERZもそこを目標にすることにしました」

ところが、結果はみなさんもご存じの通りだ。世はコロナ禍になり、東京オリンピックは無観客開催となった。

当然の帰結として、私財を投じたmicのプロジェクトもストップした。

micがふたたびNINJA SKILL BALLERZの資料を広げたのは、3年前のことだった。

日本を含むアジア諸国でのNBA人気向上を図るNBA ASIAとつながったmicがNINJA SKILL BALLERZの映像や資料を見せたところ、彼らの興味を引いた。

「NINJA SKILL BALLERZの映像が結構海外でバイラルになったこともあって、忍者とバスケの組み合わせが海外でウケるという検証はすでにできていたんですよね」

micは自信を覗かせたが、生身のフリースタイル・ボーラーたちが忍者に扮したNINJA SKILL BALLERZと違い、NINJA BASKETBALL ARMYはNBAとのコラボレーションだ。しかも前者は東京オリンピックという舞台で日本のフリースタイル・バスケットボールを披露したいというモチベーションのために採算度外視でやっていたというが、後者はれっきとした会社の事業である。

一体micは事業としてどこに勝ち筋を見出したのだろうか。

「『NARUTO -ナルト-』とか『SLAM DUNK』って連載が終わってから何年も経っているのに、いまだに愛されてるじゃないですか。物語って愛される耐久度がめちゃくちゃ高いなと思っているんです」

micが考えたのは、NINJA BASKETBALL ARMYを、ストーリーをベースにしたプロダクトにすることだった。

ホームページを覗くと、ERA(時代背景)、TEAM(忍者連合)、LETTER(忍者文字)、STORE(籠球忍具)、ABOUT(活動意義)という目次が並ぶ。

注目すべきはTEAMとERAだ。

まず、TEAMでは現在12チームの家紋が発表されており、さらにチームをクリックすると、紐づけられた日本の都市とその理由が書かれている。例えば湘南に設定されたロサンゼルス・レイカーズのページには「潮風が香る浜辺沿いには、海や波と共に生きる様々な開放的なライフスタイルやスポーツ文化が根付く」といった湘南とロサンゼルスの共通点が綴られている。

丹念に日本の歴史を調べ、相似点を最低3つは見つけてから都市を選ぶらしい。

相似点の多さでレイカーズを湘南にしたものの、コービー・ブライアントの存在が最後までその選択を悩ませた。ちなみに神戸はゴールデンステート・ウォリアーズになった。

相似点の多さでレイカーズを湘南にしたものの、コービー・ブライアントの存在が最後までその選択を悩ませた。ちなみに神戸はゴールデンステート・ウォリアーズになった。

つづいてERAをクリックすると、ストーリーの冒頭がすでに提示されている。かいつまんで言うと、並行世界の戦国時代に、天下を誰が治めるか、戦ではなく籠球で決めることになったという話だ。

『終末のワルキューレ』や『テンカイチ 日本最強武芸者決定戦』のバスケ版といったところだが、その2作品のような人気コンテンツにできるだろうか。

あるいはそのレベルを超えて『NARUTO -ナルト-』や『SLAM DUNK』と並ぶ不朽の名作の域に到達するのか。

いずれにせよ、その先にあるのはIPビジネスだ。

「今回グッズを作ったのは12チームなんですが、すでに30チーム分の家紋はできあがっています。次の段階はキャラクターの制作で、権利的に厳しいかもしれませんが、『猿飛ジェームズ』とか『レブロン佐助』みたいなやつがやれたら最高ですよね。NINJA BASKETBALL ARMYの制作物は僕たちのIPになるので、最終的にはいろんなものとコラボしていきたいです。例えば京都はボストン・セルティックスなので、セルティックス宇治茶を出すとか、宇都宮ブレックスと、宇都宮に設定した忍者ペイサーズのコラボとか。そういうところまでいけたらと思っています」

現段階では雲をつかむような話だが、目を輝かせながら語るmicを見ていると期待したくなってくる。

この男なら、血反吐を吐きつつ涼しい顔でやり遂げるのではないだろうか。

ちなみに次の展開は1月を予定しているとのこと。

このレターで興味を持ったという方はぜひ注目してほしい。

また、以下のリンクからグッズが購入可能だ。チームロゴならぬチーム家紋が入ったアパレルと、掛け軸がラインナップされている。運よく自分の推しチームが最初の12チームに入っていないか、チェックしてみてはいかがだろうか。ちなみに私のおすすめはMA-1だ。家紋の刺繍はお世辞抜きに素晴らしかった。

例によってリンクを踏んでも私には一銭も入らないが、入る案件を受けることもやぶさかではござらん。

PR案件もご遠慮なさらずお気軽にご連絡をいただきたくお待ち仕り候、である。

掛け軸は一本一本職人の手作りで、受注生産。お土産用のミニサイズもある。

掛け軸は一本一本職人の手作りで、受注生産。お土産用のミニサイズもある。

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