ヨキッチを諦めなかった男たち ~書評:WHY SO SERIOUS? 評伝ニコラ・ヨキッチ~
以前イースト・プレスさんから出た『熱血のMSG -BLOOD IN THE GARDEN- 1990年代“いきすぎ“ニューヨーク・ニックス激闘譜』という本の発刊記念イベントに出演したことがある。
おそらく翻訳者の島本和彦さんと面識のあるYouTuberということで依頼があったのだろう。
それがご縁でイースト・プレスさんから『WHY SO SERIOUS? 評伝ニコラ・ヨキッチ』を献本いただいたので、今週の闇鍋はその書評を書くことにした。
ちなみに本書では島本さんは訳者から監修に役割が変更されているが、今年傘寿を迎えるというのにまだまだ活躍されていて敬服するばかりである。
さて、これまで株式会社ダブドリでもNBA関連の翻訳本を刊行してきた。『I’LL SHOW YOU デリック・ローズ自伝』『ヤニス 無一文からNBAの頂点へ』『THE RISE 偉大さの追求、若き日のコービー・ブライアント』の3冊だ。
ローズは自伝で、他の2冊は評伝だった。
他にもNBA選手の翻訳本はいくつか読んでいるが、個人的には自伝より評伝の方が好きだ。不思議なもので、本人の一人称語りよりも周りの人間の証言や逸話を重ねて読む方がその選手についての理解が深まる気がする。
タイトルの”WHY SO SERIOUS(なんでそんなにピリピリしてるんだ)?”は3シーズン目のブルックリン・ネッツ戦で41得点を挙げた試合の後にヨキッチが発した言葉だ。「(MVPチャントをした)観客は本気だった」と言った記者に対しての答えで、ニックネームの由来であるジョーカーが映画『ダークナイト』で放ったセリフをオマージュしている。
このセリフは実にヨキッチらしい、と私は思う。ヨキッチのユーモアセンスや、スポットライトが当たるのを嫌がる性質がよく表れている。
しかし、もしも自伝だったらこれをタイトルに採用したかはわからない。評伝だからこそ客観的な目でヨキッチらしさのあるタイトルを付けることができたのではないだろうか。
秀逸なタイトルに対し、内容も引けを取らない。その上400ページ近いボリュームで、少年時代から優勝までの半生が詳らかにされている。
独特なのが章立てだ。
序章と終章を入れると合わせて97章に分かれている。ページ数の多さを考えても異例だ。それぞれの章のタイトルは「41位指名」「サマーリーグ」「バブルの中」といった具合で、要はイベントごとに細かく章を分けるという手法で書かれている。
この方式だと著者の技量が介在する余地が少ないのが若干物足りなかったが、普段読書をしない人でも読みやすいのは長所だろう。
特大ボリュームとわかりやすい章立てによって、私の中でぼんやりとしていたヨキッチの輪郭が読み終える頃にはくっきりと浮かび上がってきた。
本書を読む前に私が抱いていたヨキッチのイメージは、例えば以下のようなものだ。
バスケットボールが上手い。
しかし、上手くて稼げるからやっているだけで、本当はバスケより競馬の方が好き。
武闘派の兄貴が二人いる。
ヨキッチ自身もたまにブチ切れる。
なんとなくでしかなかったこれらのイメージが、今では鮮明だ。
ヨキッチとバスケットボールの複雑な関係、想像以上に深い競馬愛、強面の兄貴がヨキッチのキャリアにとっていかに重要な存在だったか。
本書を読めばその全てを知ることができる。
書評なのであまり多くのネタバレをここで書くわけにはいかないが、私が驚いたことを一つだけシェアしたい。
長年、私はこう考えていた。
ヨキッチほどのスキルを持ったビッグマンが生まれるなんて、ユーロの育成はなんて素晴らしいんだ。
ところが、本書を読めば実情は真逆だということがわかる。
「セルビア流のコーチングは厳格で管理統制されていた。バスケットボールのコートをジャクソン・ポロックのようにパスで抽象表現する空間はなかった。(中略)GMのゴラン・カキッチは、パルチザンやレッドスターならそうはいかないと確信していた。メガでの勝利へのプレッシャーは、ベオグラードのいずれの名門クラブよりも強くはなかった。(中略)他のほとんどの組織は体系化されていたから、たとえコーチがヨキッチの創造性に気がついたとしても、18歳の青年に自由にプレイをさせることはできない。彼のパスでターンオーバーが繰り返されるその状況を見て、コーチが彼にプレイさせる理由はあるのだろうか?」
以上は第10章「メガ・バスケット」からの引用だ。
ヨキッチの才能は優秀とされるセルビアの育成の枠を超えていた。育成を看板にしているメガでプレイしていなければ、今のヨキッチは存在しなかったというわけだ。
ヨキッチの天賦の才を殺さずに育てるにはどうしたらいいか。メガ時代を含め、その課題は常について回った。課題に直面するのは、ヨキッチではなくヨキッチを取り巻く人たちである。周りの人間がいかに心を砕いたか。その苦心を知れるのも評伝ならではの楽しみだ。
見方を変えれば、各チームのフロント陣とコーチング・スタッフ、その全員がヨキッチの才能を諦めなかった、とも言える。本書に描かれているのは、関わる人間が時には本人以上にヨキッチのキャリアを真剣に考えている様子で、そうさせたのはヨキッチの人柄である。類稀な才能と同じか、あるいはそれ以上に、不思議と人を惹きつける人間としての魅力こそがヨキッチ最大の武器なのだ。
読み進めるうちに、本書の登場人物よろしく読者もまたヨキッチを好きになっていく。そういう意味ではヨキッチのファンはもちろん、それ以外の人にも推薦できる本である。特段ヨキッチのこともナゲッツのことも応援していないグリズリーズファンの私が言うのだから信じてほしい。
2026年2月14日現在、地球上で最もバスケットボールが上手い選手の半生、そして人柄を知れる本がある。その存在を知った以上、NBAファンならば読まないわけにはいかないだろう。
闇鍋的評価:☆☆☆☆
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