「桶」「谷」「大」 ~桶谷大氏、男子日本代表ヘッドコーチ就任~

おはようございます。今週の闇鍋を配信します。先週までで5本のレターを配信してきましたが、ここまでの人気1位がまさかの葵いぶきさんと会って感じたことを綴った回のようです(笑)。ちゃんとバスケネタが上位にくるよう、今週は注目度の高そうなネタを持ってきました。面白かったら拡散ご協力よろしくお願いします。
大柴壮平 2026.02.21
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桶谷ジャパン誕生

今月の初め、トム・ホーバス男子日本代表ヘッドコーチがその職を解かれ、後任を桶谷大氏が務めることが発表された。

私は元々パリ五輪後のホーバス氏続投という決断には批判的な立場だったので、ここでは再度持論は述べない。批判は在任時にするもので、解任後にしても意味が無いからだ。気になる方は当時のポッドキャストでも掘り起こして聞いてほしい。

島田慎二会長によれば、JBAがホーバス氏との契約を打ち切った理由は下記の通りである。

「今回、今後のJBAの方針に関して、本年の1月初旬にホーバスHCに説明を行いましたが、双方の考えに相違があり、その後JBA内にて対応を議論してまいりました。確固たる信念を持ち、実績を持つホーバス氏に対し、方針の修正をお願いすることは、ホーバスHCのコーチとしての本質に対して一定の変革を強いる部分もあり、我々議論しましたが、ここまで実績のあるホーバスHCに対してリスペクトを欠いているのではないかという判断のもと、総合的な判断をもって、JBAから契約を解消する提案をさせていただきました」

かいつまんで言えば、JBAが提示した方針をホーバス氏が受け入れなかったということだろう。

同じ会見で伊藤拓摩強化委員長は、後任に桶谷氏を選んだ理由をこう説明している。

「(桶谷HCは)Bリーグファイナルに4年連続で導き、優勝も経験。日本で最も勝ち星を挙げているコーチの一人です。彼のリーダーシップのもと、スタッフ陣をまとめ上げ、ホリスティック(包括的)な観点から日本バスケを強化していただきたいと思います」

八村塁云々は一旦措いて協会の公式見解である二人の談話を鵜呑みにすると、ホーバス氏は自分のコーチングスタイルを譲れなかったので、もう少し柔軟に周りの話を取り入れた上でまとめてくれそうな桶谷氏を新HCに選んだ、ということになる。

これは、いい人選だ。

と、私は思った。桶谷氏が優れたコーチなのはもちろんのこと、選んだ理由と氏の手腕が私の頭の中で容易に結びついたからだ。

私は桶谷氏が仙台89ERSのHCを務めた3シーズンをカバーしていた。その経験から、桶谷氏がJBAの選考理由にピタリと合致する人物だと自信を持って言える。

そこで今回の闇鍋は、私が追っていた桶谷ナイナーズからいくつかのエピソードを読者の皆さんに共有したいと思う。

以下、親愛の情を込めて桶さんと表記するがお許しいただきたい。

ナイナーズ初年度から見せた柔軟性

桶さんがナイナーズのヘッドコーチに就任したのは、2018年のことだ。

この年のナイナーズはオーナーチェンジがあり、チームの刷新に乗り出していた。現在まで続く「Grind!」がチームスローガンになったのもこの頃だ。それまでチームの顔だった志村雄彦が引退を早めてGMに就任し、コーチングスタッフや選手の獲得に奔走した。

B1で実績があること。生まれ変わったナイナーズにカルチャーを構築できること。志村が求めたこの2つの条件に合致したのが桶さんだった。

桶さんはbjリーグで琉球ゴールデンキングスを優勝に導いており、大阪エヴェッサでB1も経験していた。

当時の桶さんは不惑という微妙な年齢で、人によっては思考法が凝り固まり始めてもおかしくない歳だった。しかもナイナーズには実績を買われて来たのだ。俺はB1を知っている、俺のやり方はこうだ、黙って俺に従え、というタイプのリーダーシップを選んでもおかしくはない環境にいたと思う。

ところが、桶さんは初年度から柔軟性を見せた。

泉秀岳によれば、ナイナーズに来た当初の桶さんはマイクロマネージメントの人だったという。マイクロマネージメントとはホーバス氏の著書が売れた時に話題になった指導法で、コーチが細部に渡って選手に指示を出すスタイルを指す。

それまでの桶さんの指導法がキャリアを通じてマイクロマネージメントだったのか、それとも当時若手の多かったナイナーズ向けにそうしていたのかは定かではない。重要なのは、桶さんがシーズンの途中で指導法を変えたということだ。

選手への指導を主にアシスタントコーチだった落合嘉郎氏に任せ、自身は一歩引いて俯瞰的に見るスタイルに移行した。

これが功を奏し、ナイナーズはシーズン後半に11連勝を飾った。

チームに向かないと判断して指導法を変えたのもすごいが、それをシーズン半ばで行ったというのはすごいを通り越して離れ業だ。

桶さんの柔軟な姿勢は、試合の采配にも見て取れる。

同じく桶谷ナイナーズの初年度のことだ。シーズン途中で加入したジェロウム・ティルマンのデビュー戦は一進一退の接戦となった。当時のナイナーズは強度の高いディフェンスが売りだった反面、ハーフコート・オフェンスの完成度は低かった。

守れるものの攻め切れない。

そんな状況が続く中、試合最終盤のタイムアウト明けに新加入のティルマンがボールを運び始めた。フロントコートにつくとダニエル・ミラーとのツーメンゲームでアシストを記録。次のポゼッションでもボールを運び、今度はピックを使ってジャンパーを沈め、ナイナーズに勝利をもたらした。

相手のバンビシャス奈良のフルコートプレスに対し、ビッグマンがボールを運ぶことでプレッシャーを避ける。そうタイムアウトで桶さんが指示したのだとばかり私は思っていた。

ところが、試合後の取材で桶さんは、

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  • 桶谷大のもう一つの武器

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